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【感想&解説】『西洋の敗北』を読んで

『西洋の敗北』読了。「西洋諸国」の混乱と廃退ぶりがよく分かる本でした。

目次

『西洋の敗北』簡単解説

『西洋の敗北』は「戦争や関税などで混乱する世界の”諸悪の根源”を紐解き、西洋諸国が没落している背景を解説した本」です。

著者のエマニュエル・ドットはフランスの歴史学者です。ウクライナ戦争でロシアへの経済制裁が機能せず、中国やインドがロシア寄りの立場を示すなど、世界中で「西洋離れ」が本格的に始まっている背景を本書で明らかにしていきます。

「戦争や関税で世界は今後どう変化するか知りたい」、「世界中で西洋離れが加速している理由を知りたい」という方におすすめです。

「道徳ゼロ」のアメリカ社会

トランプ大統領の”暴走”が続いています。

敵対国、同盟国によらず一律に高関税を発動し、”アメリカ第一主義”を隠すことなく唱えています。法案は議会を通さずに大統領令で決定され、気に入らない要職を追放しイエスマンで周りを固める様は、独裁者そのものです。

アメリカという国の荒廃ぶりや無秩序ぶりは、様々なデータからも読み取ることができます。

例えば、アメリカの平均寿命は先進国で唯一低下しています。2014年に78.8歳だったアメリカの平均寿命は、2020年に77.3歳、2021年に76.3歳へと低下。他の国と比較しても、平均寿命の低さが際立っています。

平均寿命
(2021年)
アメリカ76.3歳
イギリス80.7歳
ドイツ80.9歳
フランス82.3歳
スウェーデン83.2歳
日本84.5歳
『西洋の敗北』(文藝春秋)297ページよりデータ抜粋

平均寿命の低下から、薬物中毒やアルコール中毒、自殺、コロナ禍からの回復遅れなど、アメリカ社会のシステム崩壊が読み取れます。

社会の安定度合いを示す乳幼児死亡率についても、アメリカは先進国に大きな後れを取っている状況です。 

1000人当たり
乳幼児死亡率
(2020年)
アメリカ5.4人
ロシア4.4人
イギリス3.6人
ドイツ3.1人
フランス3.5人
イタリア2.5人
スウェーデン2.1人
日本1.8人
『西洋の敗北』(文藝春秋)297ページよりデータ抜粋

皮肉なことに、アメリカはどの先進国よりも医療費にお金を使っています。各国のGDPに占める医療費の割合を比較すると、

GDPに占める
医療費の割合
(2020年)
アメリカ18.8%
イギリス11.9%
ドイツ12.8%
フランス12.2%
スウェーデン11.3%
日本8.0%(※)
『西洋の敗北』(文藝春秋)297ページよりデータ抜粋 (※日本のみ「国民医療費の概況:厚生労働省」資料より抜粋)

なぜこのような矛盾が生じているのか…。アメリカではロビー団体による議員買収が日常茶飯事となっており、製薬企業に都合のいい法案や規制緩和が施行され、中毒性のある鎮痛剤が合法で出回るなど(オピオイド・スキャンダルとして知られる)、医療が金稼ぎビジネスと化しています。

「金さえ稼げれば何してもよい」という道徳ゼロの思想が、今のアメリカ社会に蔓延しているのです。

「道徳ゼロ」に至った歴史的背景

では、一体なぜ世界を代表する大国アメリカが「道徳ゼロ」の状態に陥ったのでしょうか。筆者はその起源を求めて、第二次世界大戦後の「高等教育」まで遡ります。

第二次世界大戦後の高等教育の進歩は、メリトクラシー(学力能力主義)の理想を体現していた。  

『西洋の敗北』(文藝春秋)278ページ

アメリカには昔から、「人種差別的な価値観」が当たり前のように存在していました。「インディアン(先住民)と黒人は人種的に劣っており、白人は秀でている」という価値観です。

しかし、第二次世界大戦後に高等教育が普及すると、徐々に「人種」ではなく「学力」で人を評価するようになります。高等教育が普及して時間が経つと共に、人々の無意識レベルで人種差別的な価値観は薄れていきました。

人種差別的な価値観の崩壊を決定づけたのが、「2008年のバラク・オバマ大統領就任」でしょう。アメリカの象徴として初めて黒人が選ばれ、「能力があれば人種に関係なく評価されるべき」という思想が頂点に達した瞬間です。

人種差別に代わり台頭した「能力主義」は、一方で、アメリカに負の側面も与えました。

黒人が不平等の原則を体現しなくなったことで白人同士の平等も砕け散ったのである。

『西洋の敗北』(文藝春秋)281ページ

人種差別が当たり前だった時代は、人種階層によって社会的安定が図られていました。しかし、能力による大競争時代が始まると、白人として特権を得ていた人達も、能力によって区別されるようになります。

貧困化するのは君の能力が低いせいだ!

私がアメリカン・ドリームを掴めたのは能力に秀でていたからだ!

今まで特権を得て優越感を感じていた白人の一部は、能力で黒人に追い抜かれ、社会的弱者に追いやられていきます。「移民に仕事を奪われた!」と嘆く白人労働者はその典型例です。

現在はその揺り戻しが起き、「移民の排除、白人労働者の保護」を訴えるトランプ大統領が政権に返り咲いています。

「人種から能力へとルールが急変した結果、人々が拠り所を無くし混乱しているのが今のアメリカだ」と筆者は分析しています。確かに納得の論理ですね。

「高等教育の普及」が「道徳ゼロ社会」を生み出したなんて、なんとも皮肉なものです。

さいごに

アメリカと同じように、ヨーロッパ諸国も同様の混乱を抱えているように思います。

無尽蔵に移民が流入した結果、移民に仕事を奪われたと感じるヨーロッパ人の怒りが募り、現在は自国第一主義へと反転しています(例:ドイツにおける極右政党(ドイツのための選択肢:AfD)の躍進など)。

アメリカ、ヨーロッパなどの西洋が混乱を極める中、日本には一体どのような未来が待っているのでしょうか。

日本は昔から「終身雇用」の文化もあるように、欧米のような極端な能力主義には、今のところ至っていません。一部の企業では「ジョブ型雇用」も導入され始めていますが、日本の文化とマッチしないせいか、あまり普及していないのが現状です。

また、日本は移民を積極的に受け入れる文化でもなく、結果的には、”日本人”としての仲間意識や結束感も国民の中に残っているように感じます。

能力に差はあれど、同じ日本人として、助け合って生きていこうよ。

このような弱者救済マインドが、社会安定、ひいては国力維持に繋がるのだと本書を読んで感じました。西洋文化の押し付けに飲み込まれず、日本独自の文化も守っていきたいものですね。

激動の時代が始まった歴史的背景を紐解く大変面白い本でした。興味を持った方はぜひ一読してみて下さい。

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