『生物と無生物のあいだ』簡単解説
『生物と無生物のあいだ』は、「生物学研究のこれまでの歩みをたどりながら、”生命とはなにか”という命題に迫っていく本」です。
著者の福岡伸一さんは、国内外の有名大学で活躍してきた経歴を持つ生物学者です。研究の傍らで数多くの著作も発表し、ベストセラー作家としての顔も併せ持っています。
本書では、”生命とはなにか”に迫るため、まず「ウイルスは生物なのか?それとも無生物なのか?」といった提題から話がスタートします。
「生命の仕組みを知りたい」、「生物学の話に興味がある」という方にオススメの本です。
ウイルスは生物か?無生物か?
2019年に中国・武漢で原因不明の感染症が報告されてから、瞬く間に世界規模のパンデミックが起こりました。この記事を執筆しているのは2022年6月ですが、未だに事態は収束していません。
今回のパンデミックを引き起こした犯人の名前は、「コロナ・ウイルス」です。
写真を見て、皆さんはどんな印象を持ちますか?
私たちが想像する”生き物”とはなんとなく違う、まるで地球外生命体のような見た目をしていますよね。ウイルスは見た目のみならず、その生態も、通常の”生き物”とは一線を画しています。
ウイルスは、栄養を摂取することがない。呼吸もしない。もちろん二酸化炭素を出すことも老廃物を排泄することもない。つまり、一切の代謝を行っていない。ウイルスを、混じり物がない純粋な状態にまで精製し、特殊な条件で濃縮すると、「結晶化」することができる。
(中略)つまり、この点でもウイルスは、鉱物に似たまぎれもない物質なのである。
『生物と無生物のあいだ』(講談社現代新書)36ページ
ウイルスには「生命の息吹」を感じませんが、一方で、ウイルスは「自己増殖」をします。一体どのように?
ウイルスの自己増殖は、まず、生き物の体内に入り込むことから始まります。体内に入り込んで細胞の表面に”不時着”すると、細胞の内部に自身のDNAを”注入”し、細胞はそのDNAを自分のものと勘違いしてどんどん複製します。そして細胞内でウイルスが生産されると、ウイルスは細胞膜を破壊して外に飛び出す、というのです。
筆者はウイルスを、「まるで体内に寄生して成長するエイリアンのようだ」と表現しています。
生命の定義とは
「生命とはなにか」。この命題に対して、皆さんはどう答えますか?
生命は、子孫を残すことができる。だから、生命の条件とは「自己複製」できるかどうかである!
これが一般的な考え方の一つです。しかし、生命の条件が「自己複製可能」だと、生き物の細胞に寄生し自己複製するウイルスも、立派に生命体として分類されます。
栄養を摂取することもない、呼吸もしないウイルスを生命体に分類するのは、やや直感に反する部分もありますよね。
筆者はここで、ある有名な生物学者の研究を取り上げます。
生物学者のルドルフ・シェーンハイマ―は、「私たちの摂取する食べ物が体内で消化され、どのように体内に取り込まれ、そして排泄されていくのか」を探るために、大人のネズミを使って実験した。
食べ物の行方を追跡できるように、「同位体」と呼ばれる検出しやすい原子で構成されたアミノ酸を餌として三日間与えた。すると、糞尿として排泄されたのは投与量の1/3程度であり、残りの2/3は体内、それも体のあらゆる臓器や血液に取り込まれていた。
この間、ネズミの体重はほとんど変わっていない。つまり、たった三日間のうちに、体内を構成する物質は分子レベルでがらりと置き換わっていたのだ。
この研究結果は、一体なにを意味するのでしょうか?
私たちは、日々なにかしらの食べ物を摂取し、消化し、排泄しています。毎日食事を取るからと言って、成長期の子どもでもなければ、外見や体重がすぐに変わることはありませんよね。
しかし、私たちの身体を分子レベルで見ると、それはそれはものすごい速さで入れ替わりを繰り返しており、この前まであなたを構成していた分子のほとんどは、あなたが最近摂取した食べ物由来の分子にがらりと置き換わっているのです。
よく私たちはしばしば知人と久闊 を叙するとき、「お変わりありませんよね」などと挨拶を交わすが、半年、あるいは一年ほど会わずにいれば、分子のレベルでは我々はすっかり入れ替わっていて、お変わりありまくりなのである。
『生物と無生物のあいだ』(講談社現代新書)162ページ
そして筆者は、シェーンハイマ―の言葉を借りて、次のような新しい「生命観」を読者に提示します。
生命とは代謝の持続的変化であり、この変化こそが生命の真の姿である。
『生物と無生物のあいだ』(講談社現代新書)164ページ
なぜ生命は「持続的に変化」する必要があるのか?
そもそも、なぜ生命は「代謝の持続的変化」を繰り返す必要があるの?
私たちの身体は常に何らかのストレス(例えば、紫外線、ウイルスの侵入、DNAの複製ミスなど)にさらされています。そのため、もしなにもしなければ、時間の経過とともに身体はどんどん”劣化”してしまいます。
生命は、ほったらかしておくと身体がどんどん”劣化”することを知っているので、あえて自分から破壊・再構成を繰り返すことで、現状を維持しようとしているのです。
秩序は守られるために絶え間なく壊されなければならない。
『生物と無生物のあいだ』(講談社現代新書)166ページ
自らの耐久性を高めるのではなく、破壊・再構成を繰り返す動的な流れの中に身を置く。これが、私たち生命の選んだ道でした。
さいごに
「生命とはなにか」という根源的な問いに挑む研究者たちの闘いに胸が熱くなり、自分も彼らと一緒に、この謎に挑んでいるような気分になりました。
最近ではテクノロジーの進歩によって、「AIが人間を超える」なんて言われ方もしたりしています。
しかし本書を読むと、「何億年という年月をかけて進化してきた生命の仕組みは、人間が到底再現できるようなものではないし、制御できるものでもない」とも感じます。
自然の”凄み”を改めて感じることができる、大変面白い本でした。
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