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【感想&解説】『世界史の構造的理解』を読んで

『世界史の構造的理解』読了。今後の社会情勢を占うような、示唆に富む本でした。

目次

『世界史の構造的理解』簡単解説

本書は、『ゆっくりと、しかし確実に進行している人間社会の”腐敗”を読み解き、腐敗を止めるための処方箋を提言した本』です。

著者は長沼伸一郎さんは、独立研究者として活躍する方。前著の『現代経済学と直感的方法』は「ビジネス書大賞2020」候補に選出されるなど、著名家としても活躍されています。

本書では、人類の進歩として語られる自由民主主義によって、実は人間社会が”腐敗の道”へ進んでいる可能性が指摘されます。

著者は元々、数学・物理などを専門としており、歴史の動きを「理論的」に捉える視点が本書の画期的な部分と言えます。

着実に進行している人類の「価値観変化」

自由資本主義は、「人々が規制に縛られず自由にビジネスを営むことで、需要と供給が均衡的に働き、経済は最も効率的に発展する」ことを信念としている社会運営方式です。

自由資本主義の代表例としては、現代のアメリカ経済がその象徴でしょう。生まれ育ちに関係なく、誰にでも平等に成功のチャンス(アメリカンドリーム)が与えられる理想的な社会と信じられており、「お金儲け」=「成功者」と称賛されています。

お金儲けを「良い事」とする現代社会の裏で、実は歴史的に非常に大きな「人類の価値観変化」が進行しています。

人類の「価値観変化」を語る上でまず抑えておくべき重要な要素が、『長期的な”願望”』 と『短期的な”欲望”』の区別です。例えば、豪華なご馳走を目の前にしたとき、

  • 『長期的な”願望”』:スリムな体型を維持したい。
  • 『短期的な”欲望”』:お腹いっぱい食べたい。

”願望”と”欲望”という相反する気持ちによって、我々の心では常に葛藤が生まれます。他の例で言えば、

  • 『長期的な”願望”』:将来にむけて貯蓄をしたい。
  • 『短期的な”欲望”』:趣味や遊びで散財したい。

喫煙者であれば、

  • 『長期的な”願望”』:健康でいたい。
  • 『短期的な”欲望”』:今すぐタバコを吸いたい。

『短期的な”欲望”』の力は非常に強く、なにか大きな自制の力が働かないと、我々は普通その欲望を抑えることができません。

そこで人類は、歴史的に「宗教」「伝統」「階級制度」などを社会システムに取り込み、群衆の”欲望”が暴走しないよう抑制装置として利用していました。

しかし、冷戦終結後にアメリカが覇権国として台頭してからは、世界的に自由資本主義が主流となりました。資本主義において最もシンプルにお金儲けをする方法は、人々の『短期的な”欲望”』を満たしてあげることです。

ファストフードに炭酸ジュース、SNSにYoutube動画など…。人々の「食べたい」、「知りたい」、「楽しみたい」といった目の前の”欲望”を満たすことで、巨大企業は莫大な利益をあげるようになりました。そして、「お金儲け」=「成功者」という価値観の醸成によって、「短期的な”欲望”」を追求すること自体も「善」として肯定されるようになります。

一昔前では「お金儲け」=「卑しい事」という考え方が主流であったことを考えると、これは歴史的にも大きな価値観の変化と言えるでしょう。

「欲望」が最大化された社会の末路

”欲望”をモチベーションとして経済が回る現代社会は、一体どんな終着点へ向かうのでしょうか。筆者は暗い未来を描写しています。

これは歴史的には中国の清朝末期のアヘン窟に似ており、それを高度なテクノロジーでスマートにしたものだと言えるだろう。現在、すでに初期段階の粗雑なものはみられており、その一つがネットゲームのなかに全生活が没入して、本来の社会生活が完全には破綻してしまう、いわゆる「ネトゲ廃人」で、・・・(以下略)

『世界史の構造的理解』124ページ

清朝時代の中国では、英国とのアヘン戦争1を皮切りに国内でアヘンが蔓延しました。人々は目の前の快楽に溺れて薬物依存症となり、社会的な活力も失われ、中国帝国は世界の表舞台から長らく姿を消すこととなります。

現代では恐ろしいことに、最新テクノロジーが当時の「アヘン」的な役割を果たしていると筆者は指摘します。

「働きたくない、動きたくない、一日中ゲームしていたい・・・」。そんな、誰しもが心の奥底で抱えている根源的な欲望を満たしてくれるインターネットテクノロジー。これらの技術は現代に「ネトゲ廃人」を生み出し、最終的にはVR(仮想現実)などの技術によって、一生部屋から出てこなくても誰もが楽しく生活できる世界が来ることを筆者は予見します。

一度このような社会が訪れると、誰かが「こんな世界はおかしい!」と声を上げても、もう人々に社会を変革するような気力と体力は残っておらず、元の世界に戻ることは非常に困難となります。

人間社会の「廃退」を止める方法とは

誰もが仮想現実の世界で楽しく生きている社会・・・。一見、ユートピア(楽園)のように見えて、なんだか非常に気味悪く感じます。

私たちは、この短期的な”欲望”の追求がもたらす社会変化に抗うことが出来るのでしょうか?

過去の歴史的に見ると、「宗教」や「伝統」、「階級制度」などが「短期的な欲望」の暴走を抑える役割を担ってきました。しかし、現代ではそれらの影響力は影を潜め、代わりに「市場経済」が価値判断の良し悪しを下しています。

今さら「宗教」や「伝統」を重んじる社会の到来を期待するのは現実味がありませんし、自由平等を謳う現代で「階級制度」の復活も考えにくいです。

筆者はそんな社会状況において、 17世紀を生きた哲学者トクヴィルの言葉を引用し、次のような処方箋を提案します。

一見すると科学などは宗教の対立物なのだが、ところが皮肉なことに、結局のところはそうしたものを重視して社会の上位に置くという態度を貫くことが、人間社会が非常に大回りをして「本来の信仰の社会」に戻っていくための唯一の道なのであり、自分はそれを信じて疑わない、と彼は述べているのである。

自由資本主義においては、「短期的な”欲望”の追求」を「善」とすることが社会を幼稚化させる最大の原因であり、人間の「長期的な”願望”」に重きを置くシステムの導入が必要と言います。

そこで、科学の登場です。科学は結論に導くまでのショートカットが許されず、一つ一つの論理を積み上げていくような骨の折れる作業が求められます。

科学は「長期的な視点で物事を考える”姿勢”」を私たちに与えてくれる貴重な存在であり、次の健全な「宗教」や「伝統」が現れるまでの間、科学がその役割を担い、社会の廃退を遅らせることができる、と筆者は期待しているのです。

筆者の前著『現代経済学の直観的方法』では語られなかった、社会の廃退に対する処方箋が初めて語られており、続編として非常に内容の濃い作品と思いました。

さいごに

自由民主主義こそが理想の社会だ!!

社会主義は悪いシステムだ!!

そんな一辺倒の議論がされやすい西側諸国・日本において、自由民主主義が抱える問題点とその解決策を提示した本書に触れるのは非常に価値があると感じます。

家族団らんの時間が減り、ご近所付き合いは無くなり、子ども・兄弟は部屋にこもり・・・・。自由民主主義によって人間社会が「廃退」に向かっていると聞いて、ぎょっとする方も多いのではないでしょうか。

私たちはどこに向かっているのか、なにか大切なことを忘れてはいないのか・・・。そんなことを考える上で、ぜひ一読してみて下さい。

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