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【感想&解説】『土を育てる』を読んで【”生きた土”とはなにか】

目次

『土を育てる』簡単解説

『土を育てる』は、「農業界において”常識”とされてきた考え方がいかに非科学的だったのかを示し、生態系の仕組みに沿った新しい農業のあり方を提示した本」です。

著者のゲイブ・ブラウンさんは、アメリカで農場・牧場を営んでいる方。親から農場を引き継いだものの、当初は度重なる嵐や不作に遭い、破産寸前まで追い込まれてしまいます。しかしながら、苦境の中で偶然にも自然の再生力に気づき、生態系の仕組みを最大限に生かした新しい農法で一躍有名となりました。

ゲイブさんの農場では、化学肥料や農薬を使わずとも平均以上の収穫量が得られていると言います。本書では、その理由を生態系の仕組みから分かりやすく解説しています。

「農業や家庭菜園に興味がある」「自然の仕組みについて知りたい」方におすすめの本です。

農地もひとつの「生態系」

近年は技術の進歩によって、化学肥料や農薬、トラクターなどの耕地用機械、遺伝子組み換え作物などが広く普及しました。

技術が進歩したんだから、今では農作物も栄養いっぱいに育ってるんだよね!

このように思いたいところですが、実は「現代の農地から取れる農作物の栄養分はどんどんと減少している」と言うのです。

研究によると、ここ数十年で、野菜に含まれるミネラルは確実に減少している。(中略)

ジャガイモは過去50年に銅と鉄分が50パーセント減り、ニンジンはマグネシウムが75パーセント減った。そのほかの栄養素—タンパク質、リボフラビン(ビタミンB2)、ビタミンC-も顕著な減少傾向を示している。

『土を育てる』(NHK出版)251ページ

なぜ、技術が進歩したのに農作物の栄養は減少しているのか。

植物はなにも一人で懸命に生きているのではなく、土の中に根を張り巡らし、そこに根粒菌とよばれる微生物などを住まわせて共生しています。植物は光合成によって作り出した糖分などを根から土中の微生物に供給する一方で、微生物は窒素やミネラルなどを植物に供給しているのです。

ここで、もし化学肥料や農薬を撒くとどうなるでしょうか。

化学肥料によって植物は簡単に栄養源を得られるようになるので、もはや微生物の助けを必要としなくなり、土壌の生態系が破壊されます。また、農薬は害虫だけでなく植物にとって有益な生き物も同時に減らしてしまうでしょう。

農薬を散布する農家(Wikimedia Commons

生態系が破壊されてしまうと、植物に必要な栄養素を生み出す自然の力が失われ、土壌は瘦せていき、農作物は慢性的な栄養不足に陥っている、というのが今の状況なのです。

土の健康の5原則

農作物をためを思って撒いた化学肥料や農薬などが、実は生態系を壊していたなんて…。

一体どうすれば、生態系の仕組みに沿った「持続可能な」農業を営むことができるのでしょうか。筆者は長年の研究と経験から「土の健康の5原則」を提言しています。

  1. 土をかき乱さない
  2. 土を覆う
  3. 多様性を高める
  4. 土のなかに”生きた根”を保つ
  5. 動物を組み込む

1. 土をかき乱さない

まず驚くべき最初の提言は「土をかき乱さない」です。農業と言えば「くわで畑を耕す」イメージですが、筆者は土中の生態系を破壊するとして、土をひっくり返す作業は必要ないと述べています。また、物理的なかき回しのみならず、化学肥料の投入による生態系のかき回しも辞めるべきと言います。

植物に水溶性の化学肥料を与えれば、程度の差はあれ、その植物は怠けはじめる。もはやそれまでのように炭素を地中に放出して微生物を引き寄せる必要がなくなるからだ。その結果、有益な微生物や真菌の数が減少する。

『土を育てる』(NHK出版)163ページ

2. 土を覆う

枯れ葉やウッドチップなどで常に「土を覆う」ことで、夏の暑さでも土の温度を低く保ち、水分の蒸発を減らし、微生物が住みやすい環境が構築されます。また、土を覆うことで風雨で土が侵食されることも防ぐことができます。私たちがよく見る「土の露出した畑」は、豊かな自然から見ると実は異常な状態なのです。

3. 多様性を高める

植物はその種類に応じて必要な栄養が異なり、根の周辺に形成される微生物環境も異なります。よって、同じ畑で育てる農作物の「多様性を高める」(複数な農作物を一緒に育てる)ことは、豊かな土壌環境の維持に繋がります。また、農作物の多様性のみならず、昆虫や鳥の多様性も極めて重要と述べています。

ラングレン博士に言わせれば、昆虫は”自然の農薬”だ。つまり、「いい虫が悪い虫を食べてくれる」。(中略)

もし、畑に害虫がはびこったら、それは捕食者が足りないせいだ。ほとんどの農家は殺虫剤を使って害虫を殺すけれど、そのとき彼らは、捕食者となってくれるはずの虫も一緒に殺していることに気づいていない。

『土を育てる』(NHK出版)89ページ

4. 土の中に”生きた根”を保つ

植物は土中の微生物と共生関係にあることからも分かる通り、「土の中に”生きた根”を保つ」ことが重要です。筆者は収穫後の畑にはカバークロップの種を撒き、根粒菌を増やし、生態系の維持に努めているそうです。「自ら雑草を植えて大丈夫か」と一見心配になりますが、実はちゃんと理にかなった農法なんですね。カバークロップを撒くことは、「土を覆う」、「多様性を高める」にもつながります。

小麦を収穫した後の畑に撒かれたカバークロップ(Wikimedia Commons

5. 動物を組み込む

「動物を組み込む」も重要な視点です。筆者は収穫後の畑に牛やニワトリを放牧し、カバークロップなどを自由に食べさせるそうです。畑に放牧するメリットは、「草刈りの手間が省ける」、「ふん尿がそのまま優れた肥料となる」などメリットだらけ。なにも農業と畜産業を分けて考える必要は無いのです。

さいごに

本書を読み進めていくと、土がむき出しで、決まった単一の農作物しか生えておらず、動物はおろか昆虫もほとんどいない人工的に作られた現代の「畑」がいかに自然環境と乖離していたかに気づきます。

なぜ農業の現場はこんなにも非自然的になってしまっていたのか…。私たちはあまりにも狭い視野でテクノロジーを利用しているがために、このような農場の荒廃を招いてしまったのではないでしょうか。

確かに、一側面から見れば「化学肥料」や「遺伝子組み換え作物」は劇的な効用が認められるかもしれません。しかし、それらを適用する自然は様々な要素が複雑に絡み合った上で成立しています。そして、そんな複雑な世界で長い年月をかけて試行錯誤がなされた結果、今の自然があるのです。テクノロジーを崇めたてるばかりでなく、もっと自然の生態系を「尊重」すべきなのだと感じました。

以上、本記事では『土を育てる』を紹介しました。

本書のテーマは農業ですが、「これまでの常識を覆す」という点では、ある意味で哲学的な本とも言えます。興味を持った方はぜひ手に取って読んでみて下さい。

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