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【感想&解説】『大学教育について』【”一般教養”とはなにか】

目次

『大学教育について』簡単解説

『大学教育について』は、「一般教養を学ぶことがなぜ重要なのかを考え、大学教育のあるべき姿を示した本」です。

本書は、イギリスの哲学者ジョン・ステュアート・ミル(J・S・ミル)が、大学の名誉学長になる際の就任演説を記録したものです。この演説は1867年に行われたものですが、現代教育を批評しているかようなリアリティがあり、一つ一つの文章が胸に突き刺さってくる本でした。

J・S・ミルは60歳で名誉学長に就任するまで、一度も”学者”として大学に勤めたことはありませんでした。当時の有力な民間企業である東インド会社に勤めたり、議員として政治に参加するなど、多彩な経歴を持っています。

社会を「ビジネス」や「政治」など多方面から眺めたミルだからこそ語れる「教育論」が本書には詰まっています。

大学を「職業訓練校化」にしていいのか?

本書を読んで私がまず思い出したのは、2014年に日本で話題となった「大学の職業訓練校化」です。

事の発端は、文部科学省の有識者会議にて議論されたという資料内容。「旧帝大や有名私立大などのTOP大学以外は、職業訓練校化して学問よりも実践的スキルを学ばせるべき」というものでした。

資料には、具体的に次のような文言があります。

  • 「シェイクスピア、文学概論」ではなく、「観光業で必要となる英語、地元の歴史・文化の名所説明力」
  • 「マイケルポーター、戦略論」ではなく、「簿記・会計、弥生会計ソフトの使い方」
  • 「憲法、刑法」ではなく、「道路交通法、大型第二種免許・大型特殊第二種免許の取得」
  • 「機械力学、流体力学」ではなく、「TOYOTAで使われている最新鋭の工作機械の使い方」
我が国の産業構造と労働市場のパラダイムシフトから見る高等教育機関の今後の方向性(2014)

「大学を職業訓練校化することで、企業に”即戦力の人材”が輩出され、『若年層の賃金低下』や『雇用の不安定化』に歯止めをかけることができる」というのが提案者の主張のようです。

果たして、「賃金」や「雇用」といった経済の課題を解決する目的で大学を職業訓練校化してもいいのか。日本中で議論が巻き起こりました。

大学の存在意義とは?

ミルは『大学教育について』の中で、「大学は職業教育の場ではない」ときっぱり言い切っています。

大学は職業教育の場ではありません。大学は、生計を得るためのある特定の手段に人々を適応させるのに必要な知識を教えることを目的とはしていないのです。

『大学教育について』(岩波文庫)12ページ

専門職に就こうとする人々が大学から学び取るべきものは専門的知識そのものではなく、その正しい利用法を指示し、専門分野の技術的知識に光を当てて正しい方向に導く一般教養の公明をもたらす類のものです。

『大学教育について』(岩波文庫)13ページ

「大学で学ぶべきことは専門的知識や技能そのものではなく、その”使い方”である」とミルは主張します。

例えば、プログラマーを例に考えてみましょう。プログラマーを志望する人が大学で一番学ぶべきことは、プログラミング言語そのものではなく、「プログラミングでどういったソフトやシステムが作れるのだろうか、それは社会にどんな貢献ができるだろうか」と思考を巡らせる「知性」であると言えます。

頭で考える仕事は難関大学出身の頭のいいやつに任せておけばいい。残りの人間は食いっぱぐれないように、社会で即戦力になるためのスキル習得に励むべきだ。

確かにこれで、経済は回るかもしれません。しかし、言われた作業を淡々とこなすだけの仕事に大多数の人々が一生従事するような社会を、本当に「幸せな社会」と言えるでしょうか?

「考えることの楽しさ」、「自身のスキルを社会に役立つような形で発揮できる知性」を養うことが大学教育の使命であり、大学教育を受ける資格が一部の人間だけに限られてしまうのはおかしいように感じます。

一般教養とはなにか?

大学に入学すると、最初は多くの人が「一般教養」として専門分野以外の科目を多く履修すると思います。しかしこの「一般教養」という言葉、非常にあいまいな表現で、「結局なんために学ぶのかよく分からない」という方も多いのではないでしょうか。

ミルは非常に分かりやすい文章で、私たちに「一般教養」の本質を教えてくれます。

科学教育はわれわれに考えることを教え、文学教育はわれわれに考えたことを表現することを教える。

理系出身の人が研究職として活躍するためには、単に専門的な知識を駆使して新たな発明をするだけでなく、その発明の意義や利用法を豊かな言葉で人々に伝えていく必要があります。

また、文系出身の人が営業やマーケティングの職として活躍するためには、商品の魅力を言語化するだけでなく、販売戦略や売上計画を理論的に考え策定していく必要があります。

「科学教育としての理系科目」と「文学教育としての文系科目」は、どちらも片方だけでは十分に役に立たず、両者が揃って初めて、本来の力を発揮することができるのです。そして、そのために大学教育では、個々人の専門科目だけに留まらず「一般教養」を養うカリキュラムが組まれています。

さいごに

本記事では『大学教育について』を紹介しました。

「大学は知識やスキルを学ぶ場でなく、”知性”を養う場である」という話は、詰め込み型教育が主流の現代社会において多くの人が忘れている感覚ではないでしょうか。

私たちは経済を回すために日々勉強するのではありません。「なにか面白いことをしたい」、「社会に貢献できる仕事をしたい」。そんな人間的な欲求を叶えるための土台として勉強するのが本来の姿であると、本書を読んで思い返しました。

「学校や会社で教育現場に携わっている人」にとっては間違いなく必読書です。本記事を読んで興味を持った方は、ぜひ手に取ってみて下さい。

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