『地球の未来のため僕が決断したこと』簡単解説
『地球の未来のため僕が決断したこと』は、Microsoftの起業人として知られるビル・ゲイツの20年ぶりの著作です。
ビル・ゲイツは2014年にMicrosoftの会長職を退いた後、自身が運営する民間慈善財団(ビル&メリンダ・ゲイツ財団)の運営に注力しており、気候変動や健康、教育分野で精力的に活動しています。
本書では特に「気候変動」に着目し、「科学に基づいた気候変動の未来予測や、環境問題を解決するために必要な具体的行動」が語られています。
近年はビジネスの領域においてもSDGs、低炭素製品、クリーンエネルギーへの対応が求められており、民間企業に勤める普通のサラリーマンであっても、環境問題を考える機会は増えてきているのではないでしょうか。
「環境問題に興味がある方」、「ビジネスの分野で事業開発や経営に携わっている方」など幅広い方々におすすめの一冊です。
地球が温暖化する仕組み
気候変動と聞いてすぐにイメージするのが「地球温暖化」です。地球温暖化が引き金となって、大雨による洪水、気温上昇による干ばつ、氷河の融解による海面上昇などの自然災害が懸念されています。
地球温暖化の原因物質として二酸化炭素(CO2)がよく挙げられます。一方で、そもそもどんなメカニズムで地球温暖化が進んでいるのか、きちんと説明できる人は少ないのではないでしょうか。
地表には常に太陽光が降り注いでいます。太陽光は地球の大気層を通過して地表に降り注ぎ、地面を温めます。温められた地面は、受け取った熱を外に放射し、地表の温度は一定に保たれています。このとき、地面からの放射熱はちょうどCO2などの温室効果ガスが吸収しやすい状態のため、大気層でトラップされ、地球が温暖化していくのです。
温室効果ガスにはCO2以外にもメタン(CH4:天然ガスや牛のゲップの主成分)、二酸化窒素(NO2:車や工場の排気ガスの成分)などが存在しています。各種ガスの温室効果をCO2換算して計算した総排出量は、毎年510億トンにも上るそうです。大気中の温室効果ガス濃度が高まるほど、地球温暖化の進行スピードも速まっていきます。
なぜ、私たちは化石燃料を止められないのか?
人類が排出するCO2のほとんどは化石燃料由来です。化石燃料は「石油や石炭、天然ガスなどの総称」で、火力発電のエネルギー源や自動車のガソリン、プラスチック製品の原料として私たちの生活に浸透しています。
化石燃料が燃えて排出されるCO2は、地球温暖化を加速させている!
私たちはこう理解しているにも関わらず、化石燃料の消費量は年々増え続けています。なぜ、私たちは化石燃料を止められないのか。それは、化石燃料がとても「安い」からです。
例えば、2020年の石油の値段は1ガロン(約3.8リットル)あたり1ドル(≒115円)でした。1リットル換算で30円となります。これは、スーパーに売っているコカ・コーラやミネラルウォーターよりも安い値段です。
いくら温室効果ガスを排出するからと言って、これほど安価で安定供給が約束されているものを代替するのは非常に難しいのが現状です。地球温暖化は世界的に取り組まなければならない問題ですが、これまでさんざん化石燃料を燃やして豊かになった先進国が、これから豊かになろうとしている発展途上国に対して「もう化石燃料を使うな」と言っても、一体誰が納得するでしょうか。
地球温暖化を本当に解決するためには、化石燃料に匹敵する安価で安定供給できるエネルギー源を、技術革新によって生み出すほかない、とビル・ゲイツは言っています。
気候変動を正しく理解するための”物差し”
気候変動はしばしばセンセーショナルに報道されますが、この問題を正しく理解するためには、気候変動の「全体像」を知っておくことが非常に大事です。
本書では、気候変動を正しく理解するための5つの”物差し”が示されています。
- 510億トンのうちのどれだけなのか
- セメントはどうするつもりか
- どれだけの電力なのか
- どれだけの空間が必要か
- 費用はいくらかかるのか
1. 510億トンのうちのどれだけなのか
温室効果ガスに関する記事やニュースを見たときは、それが「CO2換算の年間排出量510億トンのうち、どの程度の規模のことを言っているのか」をまず考える習慣が大切と著者は言っています。
限られた時間、限られたお金で気候変動問題を解決するためには、温室効果ガスの排出量が特に多い産業から集中的に取り組まなければなりません。下に示した分野別の温室効果ガス排出量を見ると、その全体像が掴めます。
ものをつくる (セメント、鉄鋼、プラスチック) | 31% |
電気を使う (電気) | 27% |
ものを育てる (植物、動物) | 19% |
移動する (飛行機、トラック、貨物船) | 16% |
温調する (暖房、冷房、冷蔵) | 7% |
2. セメントはどうするつもりか
温室効果ガスの観点でよく話題になるのが、電気自動車への移行やクリーンエネルギー(風力発電、太陽光発電)への移行などです。しかしながら、最も温室効果ガスを排出している「セメント製造業」や「鉄鋼業」はなかなか注目されることがありません。公共道路やビルの建材として広く使われるセメントや鋼鉄は、生産する際に多くのCO2を排出しています。
- 1トンのセメントを製造→約1トンのCO2が発生
- 1トンの鋼鉄を製造→約1.8トンのCO2が発生
「本当に気候変動を防ぐために、私たちはセメント製造業や鉄鋼業から目を背けてはいけない」とビル・ゲイツは述べています。
3. どれだけの電力なのか
「電気」を議論するとき、私たちは「どれだけの規模の電力量に関する話をしているのか」を常に把握しておかなければなりません。「その技術はどの程度の電力を賄えるポテンシャルがあるのか」、「それは本当に解決策になりうるのか」…。電力量に関する一つの目安として、本書では次の表が示されています。
範囲 | 必要な電力量 |
---|---|
世界 | 5,000ギガワット |
アメリカ | 1,000ギガワット |
中規模都市 | 1ギガワット |
小さな町 | 1メガワット |
アメリカの家庭 | 1キロワット |
4. どれだけの空間が必要か
先ほどの電力量の議論と同様に、「発電するために必要な空間」を把握しておくことも重要です。高効率の発電技術であっても莫大な土地が必要であれば現実的とは言えませんし、発電効率がそこそこであっても少ない面積で済むのであればプラントを並列展開できるのではないか、といった議論ができます。以下の表が一つの目安となります。
エネルギー源 | 1m2あたりのワット数 |
---|---|
化石燃料(火力) | 500-10,000 |
原子力 | 500-1,000 |
太陽光 | 5-20 |
水力 | 5-50 |
風力 | 1-2 |
バイオマス | ~1 |
5. 費用はいくらかかるのか
「ものづくりの現場のプロセス革新」や「クリーンエネルギー発電の技術革新」などは、開発資金に余裕のある先進国が主導してます。一方で、世界の大多数の国は先進国ほどお金に余裕がありません。
温室効果ガスの排出は地球規模の問題です。先進国が開発した技術であっても、将来的には発展途上国に導入していかなければ、課題解決には至りません。発展途上国でも利用可能な価格で実現して初めて、真に課題解決できる技術と言えるでしょう。
私たちにできること
気候変動問題に対して市民一人一人ができることは何でしょうか。
私たち全員が会社のCEOではありませんし、政府の役人でもありません。それでも、「市民一人一人にできることは多い」とビル・ゲイツは言います。
しかしあなたにできる最も効率的なことは、自分自身の炭素排出を減らすことではない。みんなが炭素ゼロの代替物を望んでいて、それにお金を払う意思があるというシグナルを市場に送ることだ。
『地球の未来の為僕が決断したこと』(早川書房)298ページ
普段買い物をするとき、プラスアルファのお金を払ってでも「電気自動車を買う」、「省エネ家電製品を買う」、「植物由来のプラスチック製品を買う」…。こういった行動の積み重ねによって市民が意思表示をすれば、企業は低炭素製品の開発により注力し、投資家は低炭素製品の開発に熱心な企業にたくさん投資し、環境にやさしい製品の値段が下がり、普及が進みます。
市民一人一人が消費活動を通して環境にやさしい製品を受け入れる意思表示をすれば、企業や投資家の行動が変わり、環境問題の解決に向けた技術革新が加速していくのです。
さいごに
本記事では、ビル・ゲイツ著の『地球の未来のため僕が決断したこと』を紹介しました。
私もメーカーの研究員として今まさに「環境にやさしい製品の開発」を進めていますが、本書を読んで気候変動問題の「捉え方」が大きく変わりました。
ニュースなどで取り上げられる地球温暖化のセンセーショナルな話に振り回されるのではなく、「それは510億トンのうちどのくらいか」、「その技術は実現可能な費用/効率/能力なのか」といった観点を常に頭に入れておくことが、気候変動解決に向けて正しい行動を取ることができるのだと改めて感じます。
本書を読んで詳しく知りたくなった方は、ぜひ手に取って読んでみて下さい。
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