『「その日暮らし」の人類学』読了。日本人の「働き方」や「ライフスタイル」が”当たり前”じゃないことを気づかせてくれる本でした。
『「その日暮らし」の人類学』簡単解説
『「その日暮らし」の人類学』は、1日1日を目まぐるしく生きるタンザニアの暮らしにスポットを当てながら、日本の「終身雇用」や「勤労主義」との対比を描いた本です。
日本では、就職活動を経て一度会社に就職すると、定年まで同じ会社で働く人がほとんどですよね。
一方で、例えばアフリカの国タンザニアに住む人々は、日本のサラリーマンのように定職に就く人はほとんどおらず、短期の職を転々としたり、時に起業したりしながら目まぐるしく生きる人が大多数を占めていると言います。
世界中の人々の様々な働き方を明らかにし、日本人が”当たり前”と思っている常識を覆してくれる本と思います。
「その日暮らし」の社会的背景
まずは、本書に登場するタンザニア人の暮らしを覗いてみたいと思います。
タンザニアは東アフリカの国であり、人口は約6,000万人(2020年)ほどです。
2006年に行われた『労働力調査』によると、タンザニア都市人口の66%が路上商売・日雇い業で占められ、34%が農業・家事労働で占められているそうです。タンザニアには日本の公務員やサラリーマンのように定職を持つ人がほとんどいないと言えますね。
タンザニアの人々の多くは定職についておらず、将来のための貯金を蓄えることもあまりしません。定職に就き、老後に備えて貯金する日本人とは大違いです。
なぜ、国が違うとこんなにも「働き方」や「ライフスタイル」が異なるのでしょうか。
筆者は、タンザニア人の「その日暮らし」の背景には社会環境が大きく影響していると分析します。
平均寿命の違い
2016年の世界保健機関の調査で、タンザニア国民の平均寿命は61.8歳となっているそうです。日本の平均寿命は80歳以上ですから、タンザニア人は日本人よりも「老後年数が極端に短い」と言えます。
タンザニア人にとって老後は「来るかどうか分からないもの」であり、「将来」よりも「今」により重きを置いて生活しています。
老後のためにお金を貯金したり、そのために今を犠牲にして働く日本人の姿は、世界的に見ると”特殊”なのかもしれません。
社会状況の違い
タンザニアは今まさに「発展途上」の国です。先進国から技術や商品が毎日のように流れ込んでいる状況であり、町にはビジネスチャンスが山ほど転がっています。
このような社会状況において、定職に就いたり稼いだお金を貯金に回す選択は”機会損失”を及ぼす可能性が高くなります。
タンザニアの人々は巡って来たチャンスを確実につかみ取るために、安定的な生活は送らず、予定表のない生き方を好むようです。
市場形態の違い
タンザニアを含めたアフリカ諸国では法律の整備などがまだ行き届いておらず、だまされたり不良品を掴まされたりと、日本人からみると”カオス”な市場を形成しています。
このような市場において大切なのは「契約」ではなく取引先との「信頼」です。
「契約」が意味を成さない市場において未来の売り上げや雇用を予測するのはとても難しく、計画的に資産形成を考えたり、売り上げの見通しを立てるのが困難なのです。これが、タンザニア人の「その日暮らし」を考えざるを得ない理由の一つになっています。
「その日暮らし」の生活が良い/悪いという議論は別として、タンザニア人と日本の公務員やサラリーマンの暮らしぶりが大きく異なるのは、タンザニアが置かれている社会環境と密接に関係していることが伺えます。
私たちはどう働くべきか
自分の将来が見え透いてしまって、未来に希望が持てない…。
単調な毎日に飽き飽きしている…。
日本人であれば、このような感情を抱くことがあるかもしれません。
しかしながら、そもそも10年後、20年後を見据えることができる、何を考えずとも毎日不自由なく暮らせることは世界的にみても”奇跡”であることは、まず認識しておく必要があると思います。
目まぐるしく状況が変わるような、刺激的な日々を過ごすタンザニアの暮らしに憧れる方もいると思いますが、私たち日本人が享受している安定的な(やや退屈な)生活だって、海外の人からすれば簡単に手に入れられるものではありません。
私はこの本を読んでまず、「日本で生活できること自体が恵まれているんだ」と素直に感じました。
同時に、安定的な生活が保証されている日本人こそ、「”今”に全力で取り組まなければもったいないのでは?」とも感じました。
経済学者のナシーム・ニコラス・タレブは著書『反脆弱性』で、「片方で安定を、もう片方でリスクを取るバーベル戦略」を提唱しています。
これは、働き方に関して言えば、片方でサラリーマンや公務員のような安定的な職に就き、もう片方では「趣味」や「お金にならないが当たればデカい仕事をする考え方」です。
生活の安定が保証される日本だからこそできる生き方ではないでしょうか。
老後に備えよ!子どもの教育費を貯めよ!若いうちは身を粉にして働け!…。世間は不安を煽るような情報で溢れていますが、もう少し気楽に、今を楽しんでもいいのではと思います。
世界の多様な「働き方」や「ライフスタイル」に触れられる点で、とても面白い本でした。
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