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【感想&解説】『素朴で平等な社会のために』を読んで

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『素朴で平等な社会のために』簡単解説

『素朴で平等な社会のために』は、「画一的な大量生産・大量消費社会を鋭く批判し、芸術性を重視した生産活動の重要性を説いた本です。

著者のウィリアム・モリスは、19世紀を代表するイギリスの芸術家。手作り工芸を主体とした芸術活動は、アーツ・アンド・クラフツ運動として国内外に大きな影響を与えました。

モリスが生きた19世紀のイギリスは産業革命の真っただ中であり、「職人による手仕事」から「工場労働者による機械工業」への大転換が起こっていた時期でした。芸術的要素が排除された単純作業に多くの労働者が従事する様子に懸念を示し、後年は資本主義社会を批判する活動を精力的に行います。

本書では、「芸術と労働」という経済学者や社会学者とは違った視点で、社会のあるべき姿を論じています。

仕事にやりがいを見出せない現代人

俺の仕事、本当に社会に必要なのだろうか…。

仕事にやりがいが見出せない…。

こんなことを考えてしまう方がいらっしゃるかもしれません。

内閣府の調査※1によると、仕事のやりがいについて「十分満たされている」、「かなり満たされている」と回答した人の合計は、たったの18.5%でした。非常に多くの日本人が、自分の仕事にやりがいを感じていないのが現実のようです。

仕事のやりがいを感じづらいのは、一体なぜでしょうか? モリスは本書こう分析しています。

他人から盗んだ労働力を手段として生産する「製造者」の基本的目的は、品物の生産ではなく、利益の生産なのだ。利益とは、労働者の生計費や機械の減価償却費を、はるかに上回って生産される「富」のことだ。この「富」が本物かまがいものかなど、「製造者」にとっては、なんの関心もない。それが売れて、「利益」を生めば、それでいいのだ!

『素朴で平等な社会のために』(せせらぎ出版)160ページ

現在、労働人口の大多数を占めているサラリーマンは、「株式会社」という組織に属しています。

株式会社の存在目的は「できるだけ多くの利益を上げること」に他なりません。「暮らしを豊かに。」とか「人々を幸せに。」といったキャッチフレーズは(働く社員の心意気としては立派ですが、)株式会社という組織の最上位目標では無いのです。

生活必需品だけを売っていては利益を稼げないビジネスの世界では、誇大な広告宣伝やイメージ戦略で需要が作られています。その「作られた需要」に対する生産活動にサラリーマンが従事しているために、ある時ふと、「あれ?俺の仕事、本当に社会に必要なのだろうか…。」と思ってしまうんですね。

「労働」のあるべき姿

人々が仕事に”やりがい”や”喜び”を感じるために、「労働」は一体どうあるべきなのでしょうか?

モリスは以下の4つを挙げています。

  • 労働の有意義さの自覚
  • 短い労働時間
  • 労働の多様性
  • 快適な環境

労働の有意義さの自覚

まず第一に、労働者本人が、自身の仕事に対して「有意義さ」を自覚していることが大前提となります。そして、有意義さを自覚するためには、各人がはっきりと「自分の仕事は役に立っている」と認識できる必要があります。

労働は毎日繰り返されることなので、もし自分の仕事に「有意義さ」を見い出せていないと、毎日の仕事はただの拷問でしかありません。仕事にやりがいを見出しづらい今の日本は、まさに「危機的状況」と言えるでしょう。

短い労働時間

「労働時間の短さ」もポイントに挙げられています。

労働時間を短くするためには、労働の”ムダ”を排除することが一つの方法です。労働の”ムダ”が排除されれば、不要な仕事が少なくなり、労働者自身も「有意義さ」を自覚しやすくなりますね。

労働の多様性

  • 管理者から指示された、単純作業を、長時間連続で行う仕事
  • 自身の発想を基にして、専門性が生かせる作業を、短時間に分けていくつか行う仕事

どちらの仕事がより魅力的でしょうか? 圧倒的に「後者」ですよね。

現代社会における工場のライン仕事などでは、前者のような単純作業に重視する作業者が多くなっています。もちろん、前者の方がより「生産的」かもしれません。しかし、「人間の幸せ」を優先事項とした場合、現代社会の労働は改善点が多いのも事実と思います。

モリスは、後者のような多様性に富む仕事の例として、「職人仕事」を挙げています。

例えば、江戸時代の職人について考えてみましょう。城を設計する大工や日本刀を製造する鍛冶屋など、彼らは持てる技術を最大限に駆使して実用性とデザイン性に優れた作品を制作し、仕事に誇りを持っていたことでしょう。

「大量生産・大量消費を前提とする資本主義社会では、労働者から労働の多様性が奪われている」とモリスは警鐘を鳴らしています。

快適な環境

今や生活になくてはならない製品となった、スマホやタブレットなどの電子製品。これらの材料に使われるレアアースの採掘現場では、発展途上国の労働者が劣悪な環境で働かされている事実※2が近年クローズアップされるようになりました。

「金儲け」を優先すると労働者がないがしろにされてしまう典型的な例です。こんな状況が果たして豊かな社会と言えるでしょうか。

人々が労働にやりがいや喜びを見出すためには、快適な労働環境の整備が必要不可欠と言えます。

素朴な社会は「停滞」か?

『消費者は”本当に”自分が欲する品物だけを欲し、生産者は”本当に”必要とされるものだけを美しく作ろうと努力する』

モリスこのような素朴な社会を理想として掲げています。

しかし、毎年の経済成長率を競い合っている現代人からすると、「そんな社会は経済停滞じゃないか。大丈夫なのか。」と感じる方がいるかもしれません。

モリスは、このような意見に対して次のように反発します。

それでもなかには、こういう状況は確かに幸福を招くが沈滞にもつながるのではないかと考える人もいるかもしれない。しかし、私にはそれは言語矛盾だと思う。幸せとは、そもそも、私たちの能力を気持ちよく発揮することで生まれる、ということだったはずだ。

『素朴で平等な社会のために』(せせらぎ出版)227ページ

高度経済成長期の日本人が「ビジネスアニマル」と揶揄されたように、社会には「お金を稼ぐことが人生の目的となっている人」が少なからず存在します。そして、彼らの中には、さんざん働いた後に「なんでこんなにプライベートを犠牲にしてまで働いてていたんだ…」と後悔する人も多いようです。

「そもそもの優先順位を間違えていませんか?」「お金は幸せになるための手段にすぎなかったのではないですか?」

このようにモリスは語りかけています。

盲目的に経済成長を目指すのではなく、一度立ち止まって、人々の幸せを土台とした経済を再考する必要があるのかもしれません。

以上、本記事では『素朴で平等な社会のために』を紹介しました。

経済学者や社会学者には無い視点で「理想の社会」が論じられており、大変面白い本でした。

「すべての人が仕事にやりがいを感じる社会ってなんだろう?」このようなテーマに興味を持った方は、ぜひ一読してみて下さい。

※1:国民生活選好度調査、87ページ、2008年

※2:最深85mの大穴を埋め尽くす男たち コバルト採掘現場を訪ねてみた(朝日新聞)

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