今回も、哲学者カール・マルクスの著書『賃労働と資本』を解説していきます。
『賃労働と資本』簡単解説
『賃労働と資本』は、哲学者カール・マルクスが当時自ら発行していた「新聞」に連載されていた記事を集めた書物です。
文章は平易な言葉で書かれているため非常に読みやすく、マルクスの思想を理解するための入門書としておすすめの作品です。
マルクスはこの作品の内容を、経済の専門家などではなく、労働者自身に理解してもらいたいと明確に述べています。資本主義がどのようなルールで回っていて、いかに「労働者」が「資本家」に搾取されているか、現状を知って立ち上がってほしい、と思っているんですね。
これは他人事の話ではなく、私を含めた現代に生きるサラリーマンも理解しなければならない内容であると感じます。
前回の記事では「賃金とはなにか」について解説し、賃金とは「労働という“商品”に対して支払われる商品価格」であることを明らかにしました。
今回は、「賃金」という概念についてより詳しく考えていこうと思います。
「賃金」はどうやって決まっているのか
社会で働くサラリーマンの方々は、毎月一定の賃金(給与)を会社から頂いています。
毎月振り込まれる給与額は、いったいどのようにして決まっているのでしょうか?
例えば、一般的な大学卒の初任給の相場は20~30万程度です。この、「20~30万」という数字にはどのような根拠があるのでしょうか?
前回の記事にも書いたように、「労働者は”商品”である」とマルクスは言っています。そこでまずは、一般的な商品の価格がどのようにして決まっているか見てみましょう。
コンビニにポテトチップスが100円で売っています。この100円には、ポテトチップスの「生産費」が含まれていますよね。具体的には、次に挙げられる費用です。
- じゃがいもの「原材料費」
- じゃがいもをスライスし揚げるための「加工費」
- 出来上がったポテトチップスを袋詰めし、段ボールに梱包するための「包装費」
次に、ポテトチップスの例を念頭に置いて、労働者という”商品”の賃金について考えましょう。
会社で働く労働者が「商品」であれば、労働者の商品価格(=賃金)もポテトチップスの場合と同じように決まっていると言えます。
つまり、「労働者の賃金は、労働者の生産費で決まる」、と。
・・・労働者の生産費?
一体どういう意味なのでしょうか。マルクスは次のように言います。
それは、労働者を労働者として維持するのに、そして、彼を労働者へと養成するのに必要とされる費用である。
『賃労働と資本/賃金・価値・利潤』(光文社古典新訳文庫)30ページ
労働者として働くためには、まずもって、労働者が健康で長生きしなくてはなりません。入社した直後に病気で長期入院されても会社は困るわけです。
そのため、賃金には労働者が健康で最低限度の生活を営めるだけの”生活費”が含まれています。
また、労働者として働くためには、それなりのスキルや専門知識が必要とされる場合が多々あります。労働者には入社する以前に、大学や専門学校で勉強してきてもらう必要があるわけです。
大学や専門学校で奨学金を借りた人は後に返済する必要がありますが、そのための返済費用がいわゆる”教育費”として賃金の中に考慮されているのです。高卒よりも大卒の初任給が高くなる理由は、その教育費分が上乗せされているからとも言えます。
このように考えていくと、大学卒の初任給が20~30万(手取り25万~15万)であることは、毎月の食費、光熱費、住居費、奨学金返済費、そしてささやかな遊行費を考慮すると、絶妙な価格設定になっていると言えるでしょう。
マルクスはさらに踏み込んで、労働者の生産費には、”繁殖費”(子育て代)も含まれていると言います。
同じようにして、単純な労働の生産費にも繁殖費が計算に入らなければならない。それによって、労働者種族は、増殖することができるのであり、使い果たされた労働者を新しい労働者に置き換えることができるのである。
『賃労働と資本/賃金・価値・利潤』(光文社古典新訳文庫)31ページ
労働者は年を取ると体力が衰えていき、頭の回転も鈍っていくため、資本家としては新しく生きのいい若者を継続して雇い入れる必要が出てきます。そのためには労働者が労働者の子孫を残していく必要があります。
そこで資本家は、年老いた労働者が安心して子育てできるために、子育て世代に対してより多くのお金を回すようにしてます。年齢とともに給与が上がっていく年功序列制度は、その最たる例と言えるでしょう。
「賃金」は需要と供給のバランスで変動する
労働者は「商品」であり、労働者の賃金は労働者の「生産費」によって決まることが分かりました。
一方で、労働者は「商品」なので、労働者の賃金(=価格)は、需要と供給のバランスにより変動していきます。
例えば、最近勢いのあるIT業界などでは人手不足が叫ばれており、優秀なエンジニアは引く手頭になっています。需要に対して供給が追い付いていないため、IT企業の給与は他業種と比べて上昇しています。
反対に、例えば美容師などは人気の職業であるにも関わらず、髪を切りたい人の数は常に一定なので、一部のカリスマ美容師を除いて多くの美容師が安月給で働いているのが現状です。
このように、商品である労働者の賃金(価格)は、「労働者の生産費」を基準として、需要と供給のバランスにより変動していることが分かります。
ここまでの要点は以下の通りです。
- 商品である労働者の賃金は、労働者の生産費によって規定される
- 労働者の生産費は、労働者の生活費、教育費、および繁殖費からなる
- 労働者は商品なので、労働者の賃金(=商品価格)は需要と供給のバランスによって変動する
次回は、賃労働する労働者と資本家の関係性について考えたいと思います。
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