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【解説】『人新世の「資本論」』【いまこそ「脱成長」が必要なワケ】

今回は、『人新世の「資本論」』という本について紹介していきます。

目次

『人新世の「資本論」』簡単解説

本のタイトルにもある「資本論」は、1800年代の哲学者ール・マルクスが当時の資本主義社会について描いた作品です。

マルクスは産業革命下のヨーロッパにおいて、大勢の労働者が劣悪な環境で働いているのを目の当たりにし、「資本論」の中で資本主義の暴走を鮮明に描き出しています。

『人新世の「資本論」』は、現代社会をマルクスの「資本論」というレンズを通して分析した作品であると言えます。

この本が数ある「資本論」解説書の中で特に特徴的だった点は、資本主義社会に代わるべき新たな社会の形を具体的に提唱している点です。

私たちは生まれてからずっと資本主義社会で生活しており、今の社会以外の形を考えることが難しいですが、この本を読むと今までの常識や考え方が揺らぐこと間違い無しです。

カール・マルクスの思想に関する具体的な解説は別の記事をぜひご覧ください。本記事では、著者が提唱する「豊かな社会を取り戻すための具体的な施策」について解説していきます。

豊かな社会を取り戻すための施策5つ

使用価値経済への転換

我々の身の回りには、「目を惹く広告」や「派手なパッケージの商品」で溢れています。

しかし、そもそも企業はなぜ、広告やパッケージにお金と労力を費やすのでしょうか。

広告やパッケージはいわば、消費者の感覚を“マヒ“させるための道具です。普通の生活に必要のないものを、「なんだか買わなくてはいけない」という気持ちにさせる手段として使っているのです。

「広告やパッケージに注力する」とはつまり、「それなしでは買ってもらえない」、「見向きもされない」ことの裏返しであるとも言えます。

本来の人間の生活に必要のないものを何とか買ってもらって経済を回すために、企業の営業、商品開発、マーケター達は夜遅くまで残業して頑張っているこの社会は、はたして健全であると言えるのでしょうか?

経済を回すために必死になるのではなく、人間が本来必要なものに立ち返って考えれば、社会で働く人々は皆自分たちの仕事に「意義」や「やりがい」を見出すと筆者は主張しています。

労働時間の短縮

現代社会は数十年前と比較して格段に生産性が向上しています。

オフィスを巡って商談していた営業はTeamsやZoomによってオンライン化し、作業員が手作業で行っていた袋詰めや包装はすべて機械によって自動化されました。

最近では、商品開発や科学研究などの専門知識が必要な仕事までAIで自動化する傾向も見られます。

数十年前は丸1日かかっていた作業が1時間で終わる時代になりました。しかし、社会人は今日も相変わらず8時間きっちり働いています。

なぜでしょうか?

それは、そうしないと資本家が潤わないからです。

人間が生活していく分には一日8時間働かなくても問題ないはずですが、社員に一日一時間働かせる企業と、同じ生産性で一日8時間働かせる企業があった場合、8時間働かせる方がたくさん利益を上げ、株価と配当金が上昇し、資本家はより潤います。

生産性が向上しても労働時間が変わらないのは、人間の生活のためではなく、資本家の利益のためと考えれば、この矛盾に説明が付きますね。

世の中の大多数を占める「労働者」に配慮した社会となるには、まずは「労働時間の短縮」が必須条件になると筆者は主張しています。

画一的な分業の廃止

自分の腕を頼りに精密な製品を設計・生産する職人仕事と、工場でライン作業をする仕事。

あなたはどちらがより「魅力的」な仕事に見えるでしょうか。

多くの人は、専門知識や高度な技術を必要とされる職人仕事に対して魅力を感じることでしょう。

生産を効率化する「分業」は合理的であり、企業の利益を増やすためには必要不可欠です。

しかしながら、「分業」は仕事をどんどん「単純化」するため、従事する労働者は仕事を「退屈」に感じるようになってしまします。

労働者が“やりがい”を持って働ける社会を実現するためには、まずは企業が「売上至上主義」から脱却して、本当に必要とされるものを売る経営に転換することが必要と言えます。

生産過程の民主化

企業は株主(資本家)からの資金で成り立っており、企業の経営方針は株主から「承認」を得て初めて実行されます。

企業は株主の利益を最大化するために存在しているので、「労働者(社員)の生活が第一」の経営なんてことはまずあり得ません。

そもそもの目的、存在意義が違うからです。

労働者の身を第一に考えた企業運営が存在するとしたら、それは、株主ではなく労働者(労働組合)自身が経営方針を決める運営がなされているでしょう。

エッセンシャル・ワークの重視

少子高齢化が叫ばれる昨今、社会で最も必要とされている職業として、看護師や介護師が挙げられます。

一方で、社会的に必要とされている看護師・介護師の給料は、一般的なサラリーマンと比較してもそれほど高くありません。

「社会貢献度」と「給料」が比例していないのです。

このような状況が続くと、社会で必要不可欠とされている仕事(エッシェンシャル・ワーク)に就きたい人が減り、安心して暮らせる社会基盤そのものが崩れてしまいます(実際に、コロナ禍では医療崩壊の危険が叫ばれました)。

「利益を追求し続ける社会」から「豊かな暮らしを目指す社会」に変貌するためには、社会貢献度の高い職業が十分な見返りとしての給料を得られるシステムを構築する必要があると筆者は訴えます。

さいごに

筆者が提唱した、経済成長第一の社会から脱却し、豊かな社会を実現するための施策5つは以下の通りでした。

  • 使用価値経済への転換
  • 労働時間の短縮
  • 画一的な分業の廃止
  • 生産過程の民主化
  • エッセンシャル・ワークの重視

こうして並べてみると、

言ってることは分かるけど、実際は難しくない?

と思う項目もあるかと思います。

「労働時間の短縮」や「分業の廃止」などは、一部の人が声を上げるだけでどうにかなる問題ではありません。

しかしながら、何を実現するにも「一歩を踏み出す」ことが大事なのは明らかです。

「理想と現実のギャップを認識し、ギャップを埋めるためにはどうすべきか、皆が当事者意識をもって考える」。

専門家だけでなく一般の人も社会問題を考えることで、少しずつ世論が形成され、より豊かな社会に向かっていくはずです。

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