これまで、哲学者カール・マルクスの著書『賃労働と資本』を過去5回にわたって解説してきました。
今回は、その総まとめ記事になります。
『賃労働と資本』簡単解説
カール・マルクスは、1800年代を生きた哲学者・経済学者です。
1800年代と言えば、ちょうどイギリスで「産業革命」が始まった頃。動力源として石炭が使われるようになったことで機械が大型化し、重工業や織物工業が発展していきました。
マルクスは当時、工場の劣悪な環境で女性や子供たちが労働させられているのを目の当たりにし、「資本主義とはなにか」、「世界はこのままでよいのか」と社会に問いかけていきます。
今回紹介する『賃労働と資本』は、当時マルクスが自ら発行していた「新聞」に連載されていた記事をまとめた作品です。
マルクスはこの作品の内容を、経済の専門家などではなく、労働者自身に理解してもらいたいと明確に述べています。
資本主義がどのようなルールで回っていて、いかに労働者が資本家に搾取されているか、その現状を知って立ち上がってほしい、と思っているんですね。
これは他人事の話ではなく、私を含めた現代に生きるサラリーマンも理解しなければならない内容であると感じます。
- 「労働」は「商品」である
- 「賃金」とは「労働(商品)の価格」である
- 「賃金」は「労働者の生産費」で決まる
- 賃金は「需要と供給のバランス」で変動する
- 労働者は賃金以上の「価値」を生んでいる
- 企業が成長を追い求めた先の未来
「労働」は「商品」である
社会で働くほぼ全てのサラリーマンは、就職活動を経験していると思います。
「就職する」とは、一体どういう意味なのでしょうか。
就職活動が始まると、学生たちはエントリーシートを書き、面接を通して、「いかに自分が役に立つ人材なのか」を売り込みます。
一方、企業はたくさんの学生の中から、最も役に立ちそうな人間を採用し、給料を与える代わりに1日8時間働いてもらいます。
- 就活生=労働者予備軍
- 企業=資本家のお金(株式)で運営される組織
と見立てると、労働者と資本家の間では(まるで商品を売買するように)労働力の売買が行われていることがお分かりでしょう。
資本家(企業)は労働を買い、労働者は労働時間を商品として売るのです。
「賃金」とは「労働(商品)の価格」である
マルクスは、労働=商品であることを示したうえで、「賃金とは、労働(時間)という“商品”に支払われる価格である」と述べます。
例えば、サラリーマンは毎月決まった月給を会社から頂いて働いています。
月給が30万であれば、30(万円)÷20(労働日)÷8(時間)≒2000円が、そのサラリーマンが提供する労働商品の時間単価です。
また、残業をすれば、残業“時間”に対して残業代が上乗せされます。
給料は労働時間に対して発生していることから分かるように、サラリーマンは時間給で働いているのと同義です。
ちょっと時給のいいアルバイトだと言っても過言ではないでしょう。
「賃金」は「労働者の生産費」で決まる
それでは、サラリーマンの“時給“は何を基準にして決まっているのでしょうか。
「労働者の賃金は、労働者の生産費で決まる。」
労働者の生産費というのがなんとも生々しい表現ですね。
例えば、一般的な商品(お米、ポテトチップス、パソコンなど)の価格は、その生産費(原材料費、加工費など)で決まります。それならば、「商品たる労働者の価格も、その生産費で決まっている」とマルクスは主張しているのです。
ここで、労働者の「生産費」とは一体何なのでしょうか。
それは、労働者を労働者として維持するのに、そして、彼を労働者へと養成するのに必要とされる費用である。
30ページ「賃労働と資本/賃金・価格・利潤」(光文社古典新訳文庫)
労働者が働くためには、まずもって労働者は健康かつ元気でいなければなりません。
そのためには、人間的な最低限度の生活を営むことができる「生活費」が必要です。
また、労働者は熟練した技術であったり、高度な専門知識が求められることがあります。
そのためには、企業に就職する以前に、専門学校や大学で勉強しておかなければなりません。労働者の賃金には「教育費」としての奨学金返済費用などが加味されている必要があります。
さらに言えば、労働者が一代で途絶えてしまうと、資本家は労働させる相手がいなくなってしまいます。労働者が労働者を生むためには、「繁殖費(子育て費)」が必要なのです。
「労働者の生産費」は、労働者の生活費、教育費、繁殖費からなると言えるのではないでしょうか。
「賃金」は「需要と供給のバランス」で変動する
一般的な商品の価格が需要と供給のバランスで変動するように、労働の商品価格(=賃金)も需要と供給のバランスで変動するとマルクスは言います。
例えば、今勢いのあるIT業界などでは、優秀なエンジニアの人材不足が叫ばれています。需要に対して供給が追い付いていないので、エンジニアの給料は高くなります。
一方、美容師などは人気の職業であるにも関わらず、髪を切りたいお客様の数は常に一定なので、一部のカリスマ美容師を除いて多くの見習い美容師が安月給で働いていることが多いようです。
このように、「賃金」は「労働者の生産費」をベースとしつつ、その職種・業種が置かれている社会状況によって上下に変動しています。
労働者は賃金以上の「価値」を生んでいる
労働者が賃金を貰って働き、貰った賃金と同じだけの”価値”を生み出した(=賃金と同額の利益を生み出した)とします。
このような状況であれば、企業の利益と人件費が相殺され、会社に残るお金はいつまでたってもゼロです。
一方で、社会を見渡してみると、多くの会社が人件費を差し引いてもなお何百億、何千億という利益を毎年残しています。
これは、中で働くサラリーマンが、賃金以上の「剰余価値」を生み出しているからに他なりません。
労働者の頑張りによって生み出された利益(剰余価値)は、労働者には還元されず、株主への配当金として、さらに多くの労働者を雇うための人件費として、大型機械を導入するための設備費用として回っていきます。
ここで、以下のように反論する方がいるかもしれません。
会社の利益はボーナスとしてちゃんと社員に還元されているじゃないか!
確かに、部分的にはそうです。
しかし、会社の業績が向上したと言っても、平社員のボーナス上昇額はせいぜい年間数十万円程度ではないでしょうか。
もし本当に、生み出した価値分を全額、社員に還元しようとすれば、サラリーマンの年収なんて平気で2倍~3倍になることでしょう。
多少のボーナス増額や奨励金などで何となく頑張りが報われているように感じますが、生み出した価値のほとんどは資本家の懐に入っていくのが資本主義社会の構造であり、貧富の格差が拡大し続ける理由になっているのです。
企業が成長を追い求めた先の未来
企業はより多くの利益を追求し続け、留まるところを知りません。
企業は自社製品をより多く販売して利益を大きくするために、市場における「シェア拡大」を目指します。
このとき、常套手段として用いられるのが「商品の低価格化」です。
企業は製品価格をより安くして多くの人に買ってもらうために、「分業」と「機械化」を進めて製品の生産費を下げる努力をします。
例えば、職人一人が手作業で作っていた工程を数人の分業制にすれば、生産性は格段に向上していきます。
また、AIなどを駆使して機械に作業させるようにすれば、生産スピードの向上はもちろんのこと、人間が介在する必要すら無くなり、人件費が浮きます。
企業からすると、「分業」と「機械化」は非常に合理的かつ強力な手段なんですね。
この戦争の独特さは、そこでの戦いの勝敗が、労働者軍の徴集によってではなくむしろその解雇によって決せられる点にある。将軍たる資本家たちは、産業兵士をどれだけ大量に除隊させることができるかをお互いに競いあうのである。
60ページ、「賃労働と資本/賃金・価格・利潤」(光文社古典新訳文庫)
「分業」と「機械化」は企業にとってたくさんメリットがありますが、一方で、労働者の方はどうでしょうか。
作業がどんどん分業制になれば、人間の仕事は工場のライン作業のように単純化していき、仕事の面白みが無くなります。
また、単純作業は誰でもできるため、熟練した技術や高度な専門知識が必要なくなり、労働者の生産費が低下するため賃金も低下していきます。
現代において社会問題になっている「派遣社員」は、その最たる例でしょう。
資本主義社会が発展した先に労働者が追いやられる状況を、マルクスは1800年代の時点で既に予言していました。
さいごに
本記事では、カール・マルクスの著書『賃労働と資本』について簡単に解説しました。
今から200年近くも前の作品であるにも関わらず、現代社会に通じるものが多くて非常に考えさせられます。
資本主義社会で働くサラリーマンとはどんな立場に置かれているのか、そしてどう立ち回るべきなのか。
気になった方はぜひ本書を読んでみて下さい。
カール・マルクスの思想を学べるその他の解説書も紹介しています。
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